ざしを しれる ばしょ

普段語られないざしの、一部

「ここちゃんには、

会いたいな って思ったの」

 

彼女はいつもと変わらない口調で

淡々と 俺に告げた。

その言葉に莫大な意味が込められている、

なんて 到底 感じさせないような

そんな言い方だった。

 

文字と声だけでこんなに楽しいなら

会ったらどれだけ楽しいんだろう。

俺の大好きな黒髪ショートヘアに

優しく触れたら、

彼女は 一体どんな顔をするんだろう。

どんな声で 俺の名前を呼ぶんだろう。

その時の俺は

どんな表情で彼女を眺めているのだろう。

 

考えたら考えるほど

約束の日が楽しみで楽しみで

仕方なかったのを覚えている。

電話口で何度も「楽しみ!」という俺に

「分かったって(笑)」と 呆れたように

でも、どこか嬉しそうに笑った

彼女の声は 脳裏に媚りついている。

 

彼女の方から会う提案をされた時点で

俺は他のネ友とは 明らかに違う、と

電話の頻度・LINEの返信速度的にも

もう 他のネ友とはレベルが違う、と

実感する度に舞い上がった。

どんな形であれ、俺は 彼女の中で

“特別な存在”という位置付けを確立したのだ。

俺が彼女に出会う前から

彼女と友達だった 古株のネ友達をも

超越した存在になったのだ。

彼女が、俺を、そうしたのだ。

彼女の意志で。

 

その事実だけで俺は大満足だった。

本当に嬉しかった。

プライドの高い彼女が、

俺に弱音を吐いたり 相談してきたり。

その都度 嬉しさで気が狂いそうだった。

LINEが途切れないよう話題探しに奮闘した。

ずっと、ずっと、

彼女と話していたかったから。

もっと、もっと、

彼女と仲良くなりたかったから。

 

「俺もこんなに一生懸命になれるんだ」

と 自分で思うほどには

彼女のために 一生懸命生きていた。

でもそんな彼女には、

当時 俺に彼氏がいたことを言えずにいた。

「彼氏いんの?」と聞かれるのも怖くて

ずっとそういう話題を避けてきた。

口を開けば2次元の男の名前を零し、

相手の恋愛観や恋愛関係に関しても

なるべく触れないように生きていた。

隠そう、としてるつもりは無かったけど

今思い返せば 知られたくなかったんだよな。

ワンチャン、狙ってたのかな。

今でも当時の感情の整理が

あまり上手く出来ないんだよな。

まぁそれが全てを物語ってるんだけど。

 

でもいずれはバレるもので。

「映画見に行ったの〜 面白かったよ」

という会話の糸口を見つけた俺に

「誰と?彼氏と?」

と切り返してきた彼女。

彼女に嘘をつくのは心が痛むから

事実とは違う嘘は つきたくなくて

「…あー、うん」

と バカ正直に答えてしまった 過去の俺よ。

その後に彼女が言った

「やっぱり、ここちゃん彼氏いたんだ」

って言葉を聞いて モヤモヤした俺よ。

中々味わえない感情を経験出来て

よかったなぁ、と 笑えるくらいには

その選択が正しかったよ。

 

でも

 

「なーんだ そっか〜・・・

  そりゃ彼氏くらいいるか、ここちゃんだし」

と 言った あの彼女の声が

どこか悲しげに聞こえたことは

どう、心に落とせばよかったんだろう。